平成20年度 原阿佐緒記念館企画展
平成20年12月2日〜平成21年3月31日
「阿佐緒の筆跡」

阿佐緒が残した短冊や色紙、日記や歌のノート。幼いころより文学に親しみ、そして短歌を生きる支えとした阿佐緒は歌や思いを様々な形で書き残しました。人生の折々に記した「筆跡」を通して阿佐緒の生涯を振り返ります。
歌ノート

晩年まで阿佐緒は自作の歌や感銘を受けた歌をノートに書きとめていた。多くはペンや鉛筆で書かれ、「普段の阿佐緒」を想起させるラフな文字である。
阿佐緒少女期の日記

阿佐緒は少女の頃から日記をつけていた。筆で書かれたその文字にはまだ幼さが見える。
歌帳

阿佐緒が短歌を書き付けていた帳面。毛筆書きの文字が美しい。
手習い

阿佐緒が遺した短冊や色紙は女性らしい美しい文字で書かれている。これは一朝一夕で成されたものではない。それを表すように阿佐緒が書の練習に使った紙が数多くのこされている。自作の短歌や俳句、古典和歌、また文字ごと、部首ごとなどが書き記され、阿佐緒が日々書へ心を配っていたことを窺うことができる。
色紙

風呂に焚く松木羽の匂ひ寂しみつ雪来むとする空をあふぐも

ひとつひとつ吾が子が拾ふ栗の実を虫喰も捨てず吾が掌に持ちたり

朝朋けの河原にゐつつ鳴かぬ鳥ぱつと光て飛び立ちにけり

瀟々と海のくもりにふかれゐる立ち枯れの玉蜀黍とこのおかのわれと

酒場の屋根うらに住みてわがみあぐる尺ほどの空けさはしたしき

日の光洩れぬ峡(はざま)の木がくれにひそかに帯を巻きなほすかも

君とゐてわが生くままの子を欲しと思ふ日のありかなしき極みに

夕霧にわが髪は濡れ月見草庭にひらくを立ちみつるかも

黒髪もこの両乳もうつし身の人にはもはや触れざるならむ
短冊

※左より
つま子らと幸ふかくありし日を心に持ちて逝きませしはや
すこやけく眉濃き少女(をとめ)母となりてかくろふし子に添ひゆきしはや
さしかはす若葉の下はほの暗し乏しき水に沢蟹あさる
月いでし浅夜ながらになく鳥を児と珍しむ水鶏(くひな)なるらし
タ霧にわが髪は濡れ月見草庭にひらくを立ちみつるかも

※左より
山焼の煙のにほひむさぼりぬタさりつきしふるさとの路に
春の夜を灯りも消さで寝る黒髪のあせばむころぞ人のこひしき
かなしくもさやかに恋とならぬ間に捨てなんさヘ惑ひぬるかな
失ひし子を哭くなげきうつしみの母がいのちを保ちがてしか
朝よひの秋づきさむく無果花の実は熟れがてに青きままなる

※左より
日の光洩れぬ峡(はざま)の木がくれにひそかに帯を巻きなほすかも
衣に沁みし焚火の匂ひあぢきなしみちのくの冬にひとりこもれば
雨つづき祭の市ののびゐしが今日ともしくも店ならびたり
タかげる無花果の葉のすがしきに小さき雨蛙いくつもゐるも
さびしとてあそびにいでし子をさがすゆうぐれどきのものあじきなき