小企画展「天恵のうた」

平成十六年六月一日より八月三十一日まで、小企画展 「天恵のうた」を開催いたしました。
阿佐緒が生み出した数多くの歌。
それは恋の歌であり子を想う歌であり豊かな自然を愛でる歌でした。小さな花々や生き物達、移り変わる季節を阿佐緒は繊細な視点で、時には自分自身の心を様々な自然の事象になぞらえながら歌に詠みました。
そんな自然を詠った歌をご紹介します。

イメージ写真

風

濡れ髪を肩に放てば筋ごとにかげろふのぼり春風ぞ吹く

「涙痕」より

ひとり立ち向う岸辺の砂けぶり見つつ寂しも風は荒るるを

「死をみつめて」より

朝風の冷え冷えしさにふるさとに栗落つるならむ音もおもほゆ

「うす雲」より

霜

馬を見に行かなとせがむ児を抱き朝春寒むに霜をふみてし

「白木槿」より

朝の日のいまだもささぬ山かげの小田の畔にはしろく霜見ゆ

「うす雲」より

路の辺の草に今朝は露霜のしろきを見つつ心ともしも

「うす雲」より

雪

み空より銀を摺りたる帳をば垂るやと思ふあかつきの雪

「死をみつめて」より

寂しさに堪へむとぞ思ふ雪ふかきみちのくの家に吾子とこもりて

「うす雲」より

夕まけて風和ぎたりと出でて見し我家の道に雪ふりて来ぬ

「涙痕」より

霧

霧に立つこすもすの花夢のごと赤きかげ見ゆよき恋ににて

「涙痕」より

朝霧の流らふ庭の青すすき見つつはるかに呼子鳥きく

「白木槿」より

夕霧にわが髪は濡れ月見草庭にひらくを立ちみつるかも

「死をみつめて」より

露

朝の路出水のあとの砂原の杉菜にしろき露ふみてゆく

「涙痕」より

さしかはす笹みち狭し朝霧を髪より浴みていづみにくだる

「白木槿」より

夜あけ近き海見むと丘にのぼるなり道草に露のともしらなるを

「うす雲」より

月

泣き止めて見入る夜の月かすかなる痙攣おぼゆぬれし瞼に

「涙痕」より

たそがれの藪のかげすくほのあかりながめてあれば月となりゆく

「涙痕」より

夜の明くる閨の片壁蒼ばめり月あかりかもと吾は思へり

「うす雲」より

空

湯をくみて馬をば洗うふ馬だらひに円き鏡をうつす大空

「涙痕」より

たまゆらに見えみ見えずみ蒼空ゆ翅けりきはむるつばくらめふたつ

「白木槿」より

雲

啼くはあれ雲雀か吾の泣き濡れし眼にはまばゆき春の雲ゆく

「白木槿」より

海の上照りかげり見ゆひさかたの空に雲ゐてゆるくうごけば

「死をみつめて」より

月かげを束の間とざす雲ありて海原暗くわが立つ久しき

「うす雲」より

雨

かの花も五月の雨にうつろひぬながき涙にあせし頬のごと

「涙痕」より

ちりがたの花は褪せつつひともとの李の椎葉雨に濡れ見ゆ

「死をみつめて」より

寒菊畑花刈られずて久しかりこの降る雨に濡れて色冴ゆ

「うす雲」より

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